時は聖暦。
 神の降臨によって人類間の戦争が終結して、既に1世紀半。
 人類は神の加護の下に平穏な日々を享受していた。
 しかし、聖暦161年10月12日。
 神罰執行機関EDENの新型GUNDAM級MS“インフェルノ”が、
何者かによって強奪されたのである。
 機関所属の少年、少女達は残された4機で追跡を開始する。
 “魔”の力を制御できるのは“聖”の力。
 “ディバイン”、“セイクリッド”、“ホーリー”、“ヘヴンス”のみである。
 永遠に続くと思われた楽園は、この事件によって終焉を迎え、
世界は再び戦乱の時代へと突き進むこととなるのである……

 魔のMSが奪われ、神聖機、聖霊機と呼ばれるMSが攻防を繰り広げている時世。
 世界は相も変わらず、平穏な日々を享受している。
 いや、実際には平穏などいうものは存在しない。
 平穏、平和、安息……
 そう見える世界でも、必ず何処かで断末魔が聞こえている。
 反聖府組織のテロ行為は、世界のどこかで毎日のように起こっている。
 醜く変質した魔機が、世界のどこかで人を襲い、土地を蝕んでいる。
 そしてまた、ある場所でも。

 そこには5つ、機械仕掛けの神の子がいた。
 神の子等は、都を護るために産まれた。
 だが1つの神が、叫びを上げて反乱を起こす。
 荒ぶるその姿は、インフェルノという名が最も相応しいと、誇示しているようである。
 インフェルノは同じ神の子であるサイクリッドをもってしても静止を許さず、
暴虐の限りを尽くした後、何処へと消えていった。
 その後、残った神の子等で、邪神と化したインフェルノの討伐に向かうことになる。

 しかし、神の子は、本来なら5つではなかったのだ。
 ディバイン。
 セイクリッド。
 ホーリー。
 ヘヴンス。
 インフェルノ。
 そして、神の子達の兄弟として産まれるはずだった、6つ目の神の子。
 その存在すらも抹消された神の子が、ゆっくりと心臓を鳴らしていた。


 聖暦0161年、12月某日。
 第24辺境地区。神都より遠く離れた、いわゆる辺境エリアの一つである。
 その中の、スラムに近い寂れた街。
 若い者は皆無に等しく、老人ばかりの、ばかりといってもその数も少ない。
 住む場所のない棄民に近い生活環境。
 神の加護もなく、聖府の支援もろくにないそんな街が、世界にはいくつもある。

 街に、保安部ADAMの治安維持部隊がやってきた。
 少隊クラスであるが、MSも配備されている。
 騒々しいこの事態に、街の住民達は一斉に、鍵をかけ、戸を閉め、カーテンを閉じた。
 一気に戒厳令を敷かれたようになる街。
 しかし、ADAMの隊員達はそんなことに気にもとめず、街の教会へと向かう。
 教会のドアを叩き、一拍の間を置いた。
「保安部ADAMである。教会の者はいるか」
 威嚇にも似た、張られた声。
 数十秒の後、ゆっくりとドアが開かれる。
 現れたのは、修道着を纏った女性。
「こんな寂しい街の、寂しい教会に、一体なんのご用でしょう」
「シスター・ルナ、いやダイアナ・テミス女史だな」
「……」
 修道女は答えない。
 しかし隊員も返答を聞く気などなく、話を続ける。
「貴女を反聖府組織への荷担、並びに人型機動兵装密造の容疑で連行する」
「どうぞ、中へお入りください」
 隊員の言葉が聞こえなかったのだろうか。
 修道女はそのまま、教会へと入っていってしまった。
 慌てて追いかける数名の隊員。
「寂しい街ですからね。懺悔もお布施も全くないんですよ」
「何を言っている。貴様を連行すると言っているだろう!」
「瘴気にでもヤられてるんじゃないか……」
「まさか、この変でそんな事例はないぞ」
 口々に不安の声が交わされる。
 修道女が中央ほどで立ち止まったその時だった。
 小さな揺れが起こり、一気に立っていられないほどの揺れに変わる。
 ステンドグラスが割れて粉々になりながら降ってくる。
「ははは……あはははははは」
 揺れの中、立ち上がって修道女は笑い始めた。
 次の瞬間、床に亀裂が走り、修道女と隊員を飲み込む。
 その亀裂、そして揺れの原因。
 地下から、6つ目の神の子が、姿を現した。


 海にぽつんと島がある。
 小さな島だ。
 その島に、一隻の小型船が近付いてくる。
 船といっても、EDENやADAMの有す戦闘用の艦船とは違う。
 魚を捕る。つまりは漁船だ。
 入り江に船がとまると、中から人が出てくる。
 それは少年。船には、少年以外に誰も乗ってはいなかった。
 船を降りて、海面を足で叩く。
 地面があることは知っている。靴のまま入って、そのまま浜に上がった。
「やっぱり、年々魚の数が減ってきてる……」
 溜め息の後に出た落胆の言葉。
 持たれた網には片手で数えられるだけの魚。
 魚を捕って生計をたてているのだろう。
 それも子供一人で。
「瘴気のせいだ。島の近くの海も瘴気に汚されていってる」
 瘴気。魔の力が発生させる毒。
 瘴気は生物を蝕む。そして、死に追いやる。
 そんなものが海にあるとしたら、魚などひとたまりもない。
 浄化措置という手もあるが、船の往来がろくにないこんなところにまで、
聖府の人間が手を回してくれるはずもない。
 少ない食料を手に、少年は丘に上がった。
 もうすぐに家に着く。
 家には誰もない。島にもだ。
 島には、この少年しかいない。
「ん……?」
 少年しかいないはずなのに、どこからか声が聞こえた気がした。
「誰かが歌ってる……」
 鳥の囀りでも、波の音でも、海から吹く風の音でもない。 女の声。
 それも高いオクターブで、聖歌を唄うように美しく。
 聖歌など聴いたこともなかったが、少年にはそれほど、惹かれるものがあった。
 声がする方向へと自然と足が進む。
 誰が唄っているのか、知りたい。
 少年はしばらく歩いたところにある砂浜に辿り着いた。
「……あぁ……」
 思わず、情けない声を上げてしまった。
 砂浜には、裸の少女が。


 保安部ADAM第24辺境地区管轄支部。
 この支部で、先日の教会地下より現れたMSの対策が話し合われていた。
「ダイアナ・テミス。EDEN所属のMS研究者か」
 パトリック・ウェール。この支部の司令である。
「正確には、今年10月の時点で自主的にEDENを辞めています。
何やら、上層部と揉めたらしく、その後の消息は不明」
 アレックス・カーレンリース。その副官である。
「神都でも有数の名家に産まれて、学士院出だっていうじゃないですか。
そんな博識で聡明な女学者が、何故こんな事件を起こしたんでしょう?」
「今となってはわからんが、恐らくはEDEN上層部との揉め事がその発端だろう」
 二人だけの司令室で交わされる密談に近い会話。
 短い日数で調べられた情報では、確信があるものが余りにも少ない。
 ただ、彼等にはそうするしかなかった。
「10月といえば、インフェルノ・ハザードと重なる」
 インフェルノ・ハザード。
 島を丸ごと開発施設に作り変えた第四開発支部で起こった惨劇。
 神都を護るべく産まれたMSを奪取されたこの事件を知らない者はADAMにはいない。
「まさか、教会から飛び立ったMSは、それ程の力を有していると……!?」
 重々しい口調で話したパトリックに、冷や汗を流しながらアレックスが尋ねる。
「何らかの原因で、彼女はGUNDAM級MSの開発に携われなかった。
いや、携わってはいたが、揉めたことで外されたという感じか」
「外されたその復讐のためにMSを造った。そういうことですか?」
「いや、創りたかったのはMSじゃない。あの5機と同じ神だ」
 神。そう呼ばれて当然のスペックを持つGUNDAM級MS。
 邪神そのものと化したインフェルノ。
 そして、残りの四機も並々ならぬ力を持っている。
 そんなMS達と同等のMSを、ダイアナ・テミスという研究者は創り出したというのだろうか。
「あのMSを追撃した我が部隊の生存者達の容態は?」
「え? えぇ……依然として、心神喪失状態のままです」
「MSは無傷。しかし、その搭乗者達は一人として無事ではない」
「それが、ダイアナ・テミスが神を創ったと目される理由ですか」
「………………そうだ」
 長い間をもって答えるパトリック。
 どんな武装や能力を持っているのか全くわからない未知数の相手に、
司令であるパトリックも不安で仕方ないのである。
「神智院やEDENに知られる前に、事を終わらせる必要がある」
「司令! それはあまりに無謀では!?」
「そうだな。だが、やらねばならない。太教院にはまだ報告はしていないしな」
「司令は、彼等をお好きではなかったですね。その理由を伺ったことはありませんが」
「理由を知りたいか?」
 パトリックの言葉に、アレックスはゆっくりと頷いた。
「民の安全を護っているのは、我々だと思わないか?
上の奴等は我々のしていることを汚れ仕事だと言うが、
私はそのようなことを思ったことは一度もない。
暴徒を鎮圧しなければ、民に危害が加わるだろう。
犯罪を摘発しなければ、その負い目は民に向くだろう」
 確かに正論を言っていると、素直にアレックスは感じた。
 パトリックの瞳は、自分の仕事にかける情熱で燃えている。
 それを馬鹿にするような発言は、許せないのだろう。
「そして何より気に入らないのは、英雄気取りでいる輩が大勢いるということだ」
 自分達を戦闘の後処理をする清掃業者ぐらいにしか思っていないのだろう。
 パトリックは、そういったEDENの者達を数多く目にしてきたという。
 口答えしようものなら、太教院の子飼いだ走狗だと罵声を浴びせてくる。
「そしてそれに拍車をかけているのは、神の子たるMSの搭乗者達だ」
 何かとADAMとの連携の多いホーリー。
 そのホーリーの搭乗者は、ADAMとの共同任務を嫌々やっている節が見られる。
 ADAMの中にはそれを快く見ていない者もおり、
ホーリーの搭乗者に対して陰で悪口を吐いたところ、
その報復にあったという噂もある。
 ディバインについては、反聖府組織が起こした都市ユニット一つを盾に取ったMS暴動を、たった一機で鎮圧したという経歴が輝かしい。
 しかし、本人はその際に前線から離れて任務を怠っており、
偶然に敵大部隊が流れて鉢合わせしたと、後に悪びれもせずに話したという。
「華やかな活躍に隠れ、そういった部分は目立たないがね」
「まだ若いというのもあるのでしょう。彼等はまだ年端もいかない少年少女だと聞きます」
「だが、私は、示しのある態度を取ってもらいたいと思うのだよ」
 本当の意味で英雄になれる者達なのだから。
 最後にそう独り言のように言って、
パトリックはこのADAMとEDENの確執に関する話題を終わらせた。
「ウィル・カンガ殿を呼んでくれ。私自ら追撃任務の指揮に就く。
上に何か訊かれたら、大規模な演習を行うとだけ伝えておけ」


「あ〜良かった。オイラの服がピッタリで」
 まだ顔が熱いままだ。
 心臓も激しく音を鳴らしている。
 未だに、目の前の少女の裸が、目に焼き付いている。
「……」
 少女は、不思議そうに身に纏った衣服を眺めている。
 裾を引っ張ってみたり、臭いを嗅いでみたり。
「まさか服とか着たことないの?」
「……」
「話せないのかな……」
 少年は困り果てていた。
 砂浜で産まれたままの姿で唄っていた少女。
 その少女を家に連れ帰ったが、少女は何一つ喋らなかった。
 年は自分と同じくらい、いや少し上だろうか。
 それぐらいなら、言葉一つ知っていてもおかしくないはずなのだが。
「自分の名前とかもわからない?」
「……」
「オイラはハーヴェイ。ハーヴェイ・ロビ」
「……」
「やっぱり……駄目なのかぁ」
 がっくりと肩を落とす。
 そんなハーヴェイを、少女が見詰める。
「……マキナ」
「え?」
「マキナ」
 少女は呟いた。マキナとだけ呟いた。
 曇っていたハーヴェイの顔が、一気に明るくなった。
「なんだぁ! 喋れるじゃん!!」
「……しゃべれる」
 ただ言葉を繰り返しているだけのように見える。
 マキナ。果たしてそれが名前なのかは、わからない。
 しかしハーヴェイにとっては、それは些細なことであった。
 一言でも言葉を口にしてくれた。それだけでハーヴェイは嬉しかった。

 テーブルには、今日捕った魚が皿に乗せられて置かれていた。
 手の込んだ料理は作れない。内臓を取って、塩胡椒で味付けをして、ただ焼くだけだ。
 他には島で採れた山菜や木の実が小皿に入っている。
「さっ、食べよう! マキナ!」
「……たべる?」
 不思議そうにそう言う。
 長らく使っていなかった両親のナイフとフォーク。
 マキナのために、再び使う時が来た。
 だがマキナは、そのナイフとフォークも、料理も、
まるで初めて見たかのような反応をしている。
 いや、実際に初めてだったのではないだろうか。
「マキナってさぁ、いくつ?」
「いくつ?」
「自分が産まれてどれくらいなのかってこと」
「……」
「ちなみに俺は10!!」
 ハーヴェイは両手をマキナの前に突き出してそう言った。
 10本の指が、ピンと元気良く立っている。
 それを見たマキナも、ハーヴェイの前に手を突き出した。
 どの指も、立ってはいなかったが。
「……やっぱり、わからないのかな」
 ハーヴェイは、溜息を付いた。
 気を取り直して食事を始めよう。
 食べ方がわからないというのなら、見本を見せればいい話だ。
「天に在す我等が神よ。我等人間の愚かな戦いを鎮めてください、深く感謝します。
そして、魚と山菜と木の実の命を頂き、食事を得られることを深く感謝します」
「?」
「お祈りの言葉だよ。神様と食べ物に感謝をするんだ」
 説明してもわからないかもしれない。
 ハーヴェイ自身も、それ程信奉者というわけではなかった。
 神に護られ、その恩恵があるというのなら、こんなに苦しい生活を送っているはずはない。
 両親も早くには死ななかったはずである。
 そういった疑問は多々ある。世界が平和でないことも知っている。
 しかしそんなことを考えても、仕方のないことだ。
「食べよう」
「……」
 ナイフを使って魚の身を裂き、フォークを使ってそれを口に運ぶ。
 ハーヴェイの行為を一部始終観察していたマキナは、真似するように手を動かし始めた。
 慣れない手つきでナイフとフォークを動かす。
 そして、切った身をフォークに刺して、口の中に持っていった。
「!!」
 マキナは目を丸くして、何やら驚いている。
「美味しい?」
 ハーヴェイに訊かれて、マキナはこくこくと頷いた。
「魚、食べる、ない……」
「まさか、魚食べたことないの!?」
 ナイフとフォークの使い方も知らないのだ。
 魚を食べたことがないのも、嘘ではないのだろう。
 ハーヴェイは驚くばかりだった。
(でも……)
 マキナは続けて魚を食べていた。
 美味しそうに頬張るその姿は、実に愛らしい。
 マキナが何者なのか。
 それもまた、考えても仕方のないことに思えた。


 特装艦ヴィクター。ADAMが独自に運用している戦艦の一つである。
 艦長は支部司令であるパトリック・ウェール。
 副艦長にはアレックス・カーレンリースが就いている。
 ヴィクターは第24辺境地区管轄支部を飛び立って、現在は海上を航行中していた。
 GUNDAM級と目されるMSの追撃任務。それもADAM単独の、極秘任務である。

 艦長室に、4人の男が集められた。
 中高年程の男を筆頭に、それよりもだいぶ若い男が3人。
 パトリックは立ち上がり、中高年の男の前にまで来ると、手を差し出した。
「久しぶりだな。また貴方と共に戦えるとは」
 差し出された手を、男は強く握る。
「ハッ! この年でまだMS乗りさ。あんたは出世して支部司令じゃねぇか!」
「私はただ田舎でのうのうとしているだけさ。今は忙しくなってしまったがね。
出世というのは、EDENに参謀役として出向するような者のことを謂うのさ」
 パトリックの言葉に、男は豪快に笑いながら「そりゃそうだ」と言った。
 ウィル・カンガ。ADAMの治安維持部隊カンガ小隊の隊長である。
 カンガ小隊は、ADAMの中でも稀有なMS“ケンプファー”が配備されている。
 ケンプファーの名は闘士を示す。
 しかし戦争や、それに類似する言葉は、真世界という国家では無意味になる。
 だが、無意味というのなら、何故ADAMやEDENという組織が存在しているのだろう。
 ケンプファー、“闘士”もまた無意味であるが、存在している言葉の一つでもあるのだ。
「で、相手はGUNDAM級だと聞いたが?」
「あぁ、GUNDAM級の開発に携わっていたMS研究者のテミスが創造した……
恐らくは模造や複製ではなく、正真正銘のGUNDAM級だと思われる」
「そんなのを相手にしろってか……?」
 汗が、ウィルの額に滲む。
 後ろの部下達にも動揺が広がる。
「無理かな」
「いや……上等だ!」
 ウィルが振り返り、部下達を見る。
「てめぇ等! 覚悟はあるかぁ!?」
 そして、否定を許さず、そう訊いてきた。
「もちろん! やってやりましょう!!」
 部下の一人、アヴァント・ゲールが言う。
「GUNDAM級の1機や2機、どうってことねぇよな!!」
 同じく、部下であるジェダイ・ダガーが続く。
「二人共血気盛んだねぇ。俺も勿論、逃げたりしませんぜ」
 最後に、同じく部下のマイク・アンカースが言った。
 部下達は、怖じ気づいている様子もない。
 GUNDAM級の名を聞いた時は、一瞬驚きもしただろう。
 だが、彼等には彼等の誇り、そして自信があった。
「よぉし決まりだ! 今すぐにでも、そのテミスとかいう研究者を取っ捕まえに行けるぜ!!」
「……いや、テミス女史は、既に死亡している」
「おいおい……ん? じゃあ、誰がそれに乗ってるっていうんだ」
 少々興醒めした感じで、ウィルの声が上擦る。
「そのことについては、私からご説明しましょう」
 艦長のデスクの脇に立っているだけだったアレックスが、静かに話を始めた。
 ダイアナ・テミスは死亡している。
 GUNDAM級MSが引き起こした教会の倒壊により、
崩れた天井の瓦礫に潰されて死んでいるのを発見された。
 しかしGUNDAM級MSは、追撃部隊を謎の兵器により沈黙させた後、姿を消している。
 教会から飛び立ち、姿を消したということは、
誰かが動かしているということになるのではないのだろうか。
「GUNDAM級MSが無人で動くなどいうことは考えられません。
操縦者という魂の入っていない神など、ただの木偶の坊です」
「じゃあ、反聖府勢力ってか?」
「それも考えにくいです。彼女を支援していた組織は、
事件が起きる3日前に我々ADAMが制圧しています」
 そして、高聖質・高霊質・高神質のGUNDAM級MSには、適合者が必要になる。
 機体、即ち神とシンクロ出来なければ、拒絶されてしまう。
 拒絶されれば、動かすことなど出来はしない。
「いるということだな。ダイアナ・テミスの協力者、神に足るMSを動かす神繰者が」
 パトリックの言葉に、アレックスは重く頷いた。
 強大な相手。それはこの場にいる皆が承知している。
 結果これが神殺しになるかもしれないということも。
 しかし退くことはできない。
 EDENの騎士達、英雄達に誇りがあるというのなら。
 ADAMの飼い犬にも、譲れない信念というものがある。


 マキナがハーヴェイの前に現れて数日。

 ハーヴェイは船で海に出て、マキナは島で食べられそうな物を探す。
 そして、漁に出て数時間。ハーヴェイは島に戻ってきた。 マキナが現れたといっても、
相変わらず穫れる魚の量は少ない。
 とぼとぼと、家に戻ろうと陸に上がる。
「ハーヴェイ!」
「マキナ。何か見つかった?」
「これ、食べる、できる?」
 マキナは、手の中に収めていた物を見せる。
 掌の上には、砂浜で見つけたのだろう、沢山の貝殻があった。
「う〜ん……貝殻は流石に食べられないよ」
「食べる、できない?」
「殻だけからね。食べても固いだけだし」
 残念そうに言うハーヴェイ。
 マキナはしゅんと落ち込み、悲しそうな表情を浮かべた。
「そうだ! その渦巻いたやつ、耳に当ててみなよ!」
 しゅんとしているマキナを気遣ってか、元気良くハーヴェイが言った。
 不思議そうにしながらも、マキナは言われた通り貝殻を耳に当てる。
 少しの沈黙。
「!」
「聞こえた? 海の声が」
「海の、声……」
 波の音。潮風の音。
 貝殻の中から聞こえてくる。
 そこにはない海鳥の声も、潮の匂いも、感じられる。
「海は、オイラの家族みたいなものなんだ」
「かぞく?」
「父ちゃんも母ちゃんも死んじゃって、海に出るぐらいしかすることがなくて。
海は、時には穏やかで母ちゃんみたいで、時には怒る父ちゃんみたいで……」
 ハーヴェイの瞳には、涙が滲んでいた。
 流れそうになるそれを拭って、ハーヴェイは続ける。
「でもオイラ、もう一人じゃない。今は、マキナがいる」
「マキナ、かぞく?」
「マキナはさ、背丈はオイラより高くて姉ちゃんみたいなのに、
性格はまだ何も知らないちっちゃい子みたいでさ」
「ハーヴェイ、マキナ、同じ、かぞく?」
「うんっ。マキナは家族! オイラの家族だよ!!」
 血など繋がっていなくとも、一緒にいるだけで家族のようになれる。
 互いに大切な存在になれる。
 しかしそんな家族のように大切な関係も、そう長くは続かない。
 その時はまだハーヴェイもマキナも、そんなことになるとは思ってもいなかった。

 島は日が暮れて、夜になる。
 夕食を食べ、談笑し、そして二人は、眠りについた。
 マキナは巻き貝の殻を持ったまま、すやすやと寝ていた。
 まるでそれが、家族の絆だと、示すように。

 空を覆う騒音に、ハーヴェイは思わず飛び上がるようにして目が覚めた。
 耳が痛くなるほど喧しく、五月蝿い。
 耳を押さえながら外に出ると、既に起きていたマキナが、じっと空を眺めていた。
 マキナの視線を追って、ハーヴェイも空を見上げる。
「戦艦だ……」
 口をあんぐりさせて、ハーヴェイが言った。
 EDENやADAMという組織があり、世界を守っているということは知っていた。
 巨大な鋼鉄の船と機械人形を駆っているということも。
 だが実物を見るのは初めてだった。
 あんな巨体が空に浮かんでいるとは、ハーヴェイは驚きを隠せない。
 戦艦……ヴィクターから、何かが出てくる。
 ハーヴェイに言わせれば機械の人形、つまりはMSだ。
「こっちに、島に来る。マキナ、家に戻って! 隠れるんだ!」
 ハーヴェイに背中を押されて、マキナは家に入れられる。
 ハーヴェイは何か、底知れぬ不安を感じて、島に迫るMSを睨んだ。
 奴等は、マキナを奪いにきた。
 ハーヴェイは直感する。
 MSが、海岸に降り立った。
 中から人が出てくる。男達。カンガ隊の面々だ。
「ちぃ、潮風が鼻につくぜ」
「隊長、先程民家らしき建物と島の住民と思しき者を確認しましたが」
「ガキだったじゃねぇかよ」
「案外、そういうのかね……協力者ってのは」
 ウィルから順に、口々にアヴァント達が言う。
 そんな彼等の元に、ハーヴェイの姿が近付いていた。
「おじさん達、何!?」
 強気で、敵意を剥き出して、ハーヴェイは声を荒げる。
「さっきのガキの一人か……よぉボウズ、この辺でMS、でっけぇ人形見なかったか?」
 窘めるように、ウィルが訊いていた。
 ハーヴェイが怒り心頭でいることなど、ウィルには関係ないように。
「そんなの知らない! 今日初めて見た……用がないなら、さっさと帰れッ!!」
 何を言われても、何を訊かれても、
ハーヴェイの中が怒りに満ちていることに変わりはない。
 早く帰ってほしい。いなくなってほしい。
 マキナを連れていかないでほしい。
 そんなハーヴェイに対して、逆に怒りを覚えたのは、ジェダイだった。
「ガキが、舐めた口をきくな!!」
 ハーヴェイの首元の服を掴んで捻り上げる。
 一瞬ウッと呻いたハーヴェイだったが、すぐにジェダイを睨んだ。
「この、ガぁキぃぃ!!」
「やめろジェダイ!!」
 熱くなるなとアヴァントが諫める。
 仮にも治安を守る側の人間が、子供に手を上げるなどあってはならない。
 やれやれと、呆れているマイク。
 アヴァントに言われ、ジェダイはハーヴェイを解放する。
 ハーヴェイは苦しそうに、大きく呼吸を繰り返した。
「スマンなボウズ。部下が悪いことをした」
「と、とにかくッ、オイラはそんなの知らない……!」
 呼吸を整えながら、ハーヴェイは言う。
「もう一人いたようだが、そいつは知らないか?」
「あれは……姉ちゃんだ。オイラと同じだよ」
 明らかに口調が変わった。
 動揺が見られる。
 それを、ウィルは見逃さなかった。
「遠目に見た感じじゃあ、姉弟にゃあ見えなかったが」
「姉弟だよ! もういいだろ!? 帰れよ! 帰れ帰れ帰れ帰れ!!」
 ハーヴェイは喚く。
 これで確信したのか、ウィルはマイクに目配せした。
 マイクは軽く頷くて、小走りでその場が去ろうとする。
「!! 待って!」
 それを追いかけるハーヴェイ。
 大人と子供。追い付けないことなど目に見えている。
 それでも、ハーヴェイは全力で走った。
 捕まえなくちゃ。家に行かせたらいけない。
「やめてよ!! お願いだから……やめてよッ!!」
 瞳に涙を溜めて、ハーヴェイは叫んだ。
「あっ……!」
 ハーヴェイの足がもつれる。
 体が斜めに倒れていく。
 受け身もとれず、地面にぶつかった。
 これには流石にマイクも足を止めて、思わず振り返ってしまう。
「やめてよ……壊さないでよ。せっかく家族になれたのに……」
 大粒の涙を流して、ハーヴェイは訴えた。
 父も母も死んで、ずっと独りだった。
 強く生きてきたつもりだった。
 だが、やはり人肌が、人の温もりが、恋しかった。
 自分がまだ子供なのだと痛感する。
 独りでは生きていけないのだと、実感する。
「家族を壊さないでよぉ!!」
 そう叫ぶだけで精一杯で、後はもう嗚咽だけしか口から出ない。
 それでもどうにかして止めようと、ハーヴェイは地面を擦りながらマイクを追った。
 何かいけないことでもしているような罪悪感に、マイクは顔を歪める。
 そして、ウィルに指示を仰いだ。
「…………引き上げるぞ」
 ウィルが言う。
 その言葉に、自分を無理矢理納得させるアヴァントと、悔しさを滲ませるジェダイ。
 マイクもそれに従い、皆の元に戻った。
「すまないです、隊長。この償いは後でキッチリと」
「構わん。天下のADAMが悪者になるわけにはいかんだろう」
 4人はケンプファーに乗り込んだ。
「家族を壊すな、か」
 ケンプファーを起動させ、ウィルは呟く。
「この島の周りの沖には、瘴気に飲まれた海があるっていうのにな」
 やがてはこの島も、海から流れてくる瘴気に飲まれてしまうだろう。
 そうしたら、人など住めなくなる。
「……哀れだな」
 最後にまた、呟いた。
 ケンプファーは島を離れ、ヴィクターに戻っていく。
 ハーヴェイは未だ倒れたままで、小さくなっていく数機のケンプファーを目で追っていた。

 アレを見てから、頭の中で声が聞こえる。
 知らない女の声が聞こえる。
 何かを命令している。
 その声を聞くと、頭がぼーっとして、何も考えられなくなりそうになる。
「マキナ!」
 ハーヴェイだ。
 大切な大切な、ハーヴェイだ。
 ハーヴェイは、嬉しそうな顔をしている。
 何かあったのだろうか。
 でも駄目だ。口を開いても、声が声にならない。
「マキナ?」
「……ハぁ…………ヴェ……イ……」
「マキナ? どうしたんだよマキナぁ!!」
 嬉しそうだったハーヴェイの顔が、一気に怖くなる。
 なんでそんな顔をするんだろう。
 マキナが何か悪いことしたのだろうか。
「マ……キナ……悪い……こ、と、した?」
「へ……? してないよ……マキナの様子が変だから、心配してるだけだよ」
「…………よ……か……た…………」
 マキナは悪くない。
 嬉しい。
 でも、もう声が出せない。
 頭の中の声が、どんどん大きくなっていく。
 嬉しい気持ちも、楽しい気持ちも、その声に押し潰されていく。
 悲しい気持ちも、何もかも無くなっていく。
 助けて。
 助けて、ハーヴェイ……。



『シントヲホロボセ』



 やめて。
 マキナを消さないで。
 ハーヴェイと一緒にいた思い出を………………
 消さないで!!

「…………」
「マキナ……?」
「…………」
 ハーヴェイの声に、マキナはもう反応しない。
 マキナはまるで人形のように、そこに立ち尽くしたまま。
 恐る恐る振れようとしたその瞬間、突然マキナが歩きだした。
「マキナ!!」
 マキナが家から出ていく。
 それを追うハーヴェイ。
「マキナ、どこに行くんだよ!!」
 マキナを止めようと、腕を掴む。
 しかし、
「うわあああ!!」
 尋常ではない力で、振り払われてしまった。
 地面を転がるハーヴェイの体。
 呻きながらも、顔を上げる。
「行っちゃいけない!! マキナぁ!!」
 叫んでも、マキナは耳を貸さない。
 振り向かないで歩き続ける。
「マキナ……」
 ヴィクターが現れた時に感じた底知れぬ不安が、現実になる。
 遠ざかっていくマキナ。
 ハーヴェイは唇を噛む。
 泣いたのに。もう泣くことなどないと思っていたのに。
 先刻よりも大量の涙が、零れた。
「帰ってきてよ! 絶対に帰ってきてよ!!」
 声は届かないかもしれない。
「マキナは家族だから!! 帰ってくる場所はちゃんと、ここにあるから!!」
 想いは届かないかもしれない。
「だから、帰ってきて!!」
 でも伝えたい。
 言わなければ、それこそ届かないものになってしまう。

 歩き続けてきたマキナは、砂浜へと足を踏み入れていた。
 海に向かって、両腕を広げる。
 そして、口を開いた。
 マキナから発せられる、神の声にも似た歌声。
 歌声は、海に響き渡った。
 海中から、何かが上昇してくる。
 そして、巨大な水飛沫を上げ、姿を現した。
「……リヴェレーション……」
 リヴェレーション。
 天啓の名を冠した、GUNDAM級MS。
 そして、5体の兄弟達と肩を並べられなかった、本来ならば存在しないMS。
 マキナを受け入れるようにリヴェレーションはコックピットハッチを開く。
 マキナは乗り込み、一旦口内を潤すと、息を吸い、ゆっくりと口を開いた。





「神都を、滅ぼせ」






-back- next>