ヴィクターの艦内が騒がしくなったのは、
島を離れてそう時間が経っていない頃だった。
 ヴィクターの索敵範囲内に、突如としてMSの反応が現れる。
 それも超高質の、まさしくGUNDAM級というに相応しい。
 そのMS……リヴェレーションは、ヴィクターの真横を通り過ぎて、
そのまま猛スピードで海上を進んでいく。
「目標、本艦左舷を通過!!」
 オペレーターが声を上げた。
「目標の進行方向を確認! 各機の出撃を急がせろ、今度は哨戒ではないぞ!!」
 直ぐ様パトリックが指示を与える。
「本艦は目標を追尾。相手の動きに変化が見られるまで何もするな」
「司令、ケンプファー全機、発進準備完了したとのことです」
 艦長席のすぐ脇の副長席にいたアレックスがパトリックに告げる。
「よし、各機発進させろ」
「任務中の私語ですみませんが、司令、なんだか輝いてますね」
「……昔は、私もこうやって戦地で指示を出していた」
 思い出すように、パトリックは言う。
(そしてその時、私は助けてもらった……ウィル・カンガという青年に)
 ケンプファーが発進したという報告を受ける。
 この戦い、前のように生き残ることができるだろうか。
 今度は助けてもらうわけにはいかない。
 足手まといになるわけにはいかないのだ。
 思考を切り替えて、リヴェレーションを見据える。
 戦いはもう、始まっているのだから。


 ヴィクターに追われるリヴェレーション。
 マキナは、そんなことに目もくれず、ただぶつぶつと呟いている。
 神都を滅ぼせ、神都を滅ぼせ、と。
『そう……神都を滅ぼすのよ』
 モニターに、揺らめく幻影のように女の姿が映った。
 それは段々と輪郭をはっきりとさせていく。
 現れた女は、ダイアナであった。
『私の可愛い子供達、あなた達は選ばれしモノじゃない。
でも、そんなことは関係ない。あなた達はこれから支配者になる。
私を否定した、拒絶した世界を全部全部全部消滅させて、
あなた達が新たな世界に君臨する支配者となるのよ!!』
 映像とは思えない狂気に満ちた声と表情。
 いや、映像というのには、語弊がある。
 これはダイアナ・テミス、彼女自身なのだ。
 ダイアナは確かに、教会の天井に押し潰されて死亡している。
 ただし、死亡したのは肉体と精神だけだが。
 人間は三位一体で、“肉体”、“精神”、“魂”の3つで構成されている。
 そういった考えが、ダイアナの中には根強くあった。
 ダイアナは、ADAMの隊員達が来る以前に、リヴェレーションに魂を移し換えていた。
 魂が無い肉体と精神だけのダイアナは、ただのシスターとして振る舞うだけ。
 最期には発狂するように笑いだし、瓦礫に潰されて肉体と精神は死んでいった。
 そして魂を移し換えたこの行為にはもう一つ、理由がある。
『GUNDAM級は各々固有の霊性震動を有しており、同調できる者にしか搭乗を許さない』
 狂気に満ちた表情から一変、至極冷静になってそう言うダイアナ。
 だがすぐに、その表情は悪意に染まる。
『ならァッ! 私がGUNDAM級になってェッ!! 自ら搭乗者を選べばいいィィィッッッ!!』
 最後に高笑いを付け足して、ダイアナは言い放った。
 狂っている。もうすでに理性は無い。
 器である肉体や、行動を律する精神。
 それらが無い、しがらみを全て捨て去った彼女は、もうただの亡霊である。
『そして、完全に同調できる適正者を創り出せば、私の計画は完璧……』
 ダイアナは目の前のマキナを見る。
 マキナ、ダイアナの手によって産み出された人造人間。
 ホムンクルスとでもいうべきだろうか。
 しかしこういった技術は、神の領域にまで足を踏み入れた禁忌。
 ただ、ダイアナにとってはもう、神など信じるに足らない存在になっていたが。
『悠々と、消されていく世界をここから傍観させてもらうわ……』
 神を気取り、にやりと笑みを見せる。
『でもまァずゥ……周りをチョロチョロしてる鬱陶しい蠅共をォ、堕とォォすッ!!』
 ダイアナの声に反応するように、マキナがリヴェレーションを停止させた。
 そしてゆっくりと、後方の機体群に向く。
 マキナは口を開いた。これは、リヴェレーションを呼んだ時と同じ……
 歌である。


 計器を見ていたオペレーターの表情が歪んだ。
 まるで有り得ないものを見たかのように、驚愕している。
「霊障値、異常増大!!」
「これは……敵の攻撃か!」
 気付きパトリックが声を上げる。
「至急、各機を退避させ……」
「うわあああああああ!!」
 指示を下そうとした途中、ケンプファーの1機からけたたましい絶叫が届いた。
 この声は、ジェダイだ。
「やめろ!やめろやめろやめろぉ!!」
 何かに怯え、叫び散らす。
 双眸にはうっすらと涙を浮かべ、
「悪かったから……俺が悪かったから!!」
 許しを乞う。
 ジェダイには声が聞こえていた。忘れていたはずの人間の声が。
 殺したはずの人間の声が。
 証拠一つ残さず、葬ったはずの人間の声が。
『どうして私を殺したの?』
「やめてくれ……」
『私を犯して、殴って、殺したでしょう?』
「やめろぉぉ!!」
 ADAMに入る前のジェダイは、素行の良い人間とは言えなかった。
 女遊びに喧嘩と、自堕落した生活を送り、ある日一人の女性を暴行した。
 殺すつもりはなかった。はずみで、はずみで死んでしまったのだ。
 ジェダイは心の中でそう言い訳し続けた。
 このことが発覚することを恐れたジェダイは証拠を隠滅し、
人が変わったように慈善活動に従事した。
 そして、何事も無かったようにADAMに入った。
 それが全て蘇り、悪夢のようにまとわりつく。
「やめろ……ヤメテクレェェェェ!!」
 ジェダイは我を失いかけ、トラウマから逃れようと、
自らのコックピットに銀弾を打ち込んだ。
 ケンプファーは爆散し、海に沈んでいく。

「ダガー機……は、反応消失!!」
「自ら命を断ったというのか……」
「司令、艦内でも頭痛や虚脱感、幻聴などを訴える者が……」
 現に私も……と、アレックスは不調を訴える。
 周りを見渡せば、他のオペレーターにも被害は及んでいた。
 アレックスやオペレーター達だけではない。
 パトリック自身にも、症状が現れていた。
「くっ……各機を呼び戻せ。収容後、直ちに後退する」
「待て! まだやれるッ!」
 パトリックが命令を出そうとしたその直後、ウィルが割り込んでくる。
「しかし、このままでは確実に……!!」
「ジェダイの奴や前の部隊がコレのせいで駄目になっちまってるって言うんだろ!」
「なら、できるというのか!? 貴方には!」
「やるんだよ! あれの予測進路を考えてみろ!!
……距離はかなり離れちゃいるがな、これは神都だ。
黙ってこのまま、むざむざ行かせていいのかよ!?」
 強い意志。信念。
 いや、単なる依怙地なのかもしれない。
 だが強い想いに、変わりはない。
「それにな、神都なんかに行かせちまったら、手柄ぁEDENの奴等に盗られちまうだろ」
「しかしこれは、EDENにも知らせていない極秘の任務だ……」
「世に出ねぇ仕事だろうがなぁ! 何もせずにはいらんねぇんだよッ!!」
 逃げ腰になっていたパトリックに、ウィルは怒鳴った。
 喝を入れられ、一瞬ビクッと体を震わせたパトリックだったが、
その口元はゆっくりと、つり上がっていく。
「やはりあなたは……私の中では、EDENの者達より、英雄だ」
「ヘッ……いい年して、こそばゆいこと言ってんじゃねぇよ」
 話を終わらせ、ウィルはリヴェレーションを睨んだ。
(俺は英雄なんて洒落たモンじゃねぇ……現に)
『ねぇウィル、どうして私を助けてくれなかったの……』
(愛した女一人、助けられなかった)
 数十年前、ある都市部近郊で起こった暴動事件。
 その暴動組織の鎮圧に、ADAMの治安維持部隊が出動した。
 その部隊の中に、ウィルと、そしてパトリックはいた。
 まだADAMの中では地位の低かったウィルと、
少隊クラスの部隊の指揮を任せられていたパトリック。
 パトリックが指揮する部隊に、ウィルは参加していたのだ。
 暴動組織の勢いは思いの外強く、都市部にまで侵攻を許す。
 その際にパトリックは負傷し、ウィルに救出されたのだが、
都市部に暴動組織が侵攻してしまったことが、悲劇の始まりだった。
 この事件により、数十名の民間人が死傷し、その中にはウィルの恋人もいた。
 失意に落ちたウィルは、ADAMの職務に没頭するようになり、
ADAMでも汚く醜い任務ばかり請け負うようになっていた。
『貴方も仲間のようにコワれましょう? そうすればもう、後悔なんかしないわ』
「後悔なんざしちゃいねぇよ……」
 操縦桿を握る力が強まる。
「アヴァント! マイク! まだ気ぃ保ってるかッ!?」
「はい、隊長!!」
「まぁなんとか。ギリギリですけど」
 二人の応答が返ってくる。
 リヴェレーションの精神攻撃に参ってはいるが、恐怖に支配されている様子はない。
 まだいける。ウィルは確信した。
「ジェダイの弔い合戦だ! テメェ等まで狂うなよ!!」
「了解ッ!」
「りょーかい」
「司令殿、あんたは俺達の帰る場所を用意しておいてくれ!」
 力強いウィルの言葉に、後押しされるパトリック。
「また、助けられることになったな。本艦は敵兵器の効果範囲外まで後退!」
 パトリックの声に、オペレーター達は狼狽える。
 精神攻撃に、迅速な対応ができないのも無理はない。
「アレックス、皆も、辛抱してくれ。後退後、3機を支援しろ! わかったな!!」
 叱咤激励。両方が入り混じった言葉。
「は、はい!」
 アレックスの声に力が入る。
「現状を確認する。精神攻撃による艦内の被害は?」
「ただいま確認中…………報告によると失神者多数。ですが自殺を図った者はいません!」
「それがせめてもの救いか。辛いだろうが、残った人員だけでやり遂げろ!!」
「はいっ!!」
 アレックスも、他のオペレーター達も、声を合わせて返事した。
 苦しくとも、痛くとも、遂行しなければならない。
 そこには敵がいる。討たねばこちらの命がない。
 ヴィクターが後退していく。
 しかし、その最中……
「海中より、多数の機体反応……これは邪霊機! 瘴気の反応も増大!!」
 オペレーターが叫んだ。
「GUNDAM級の精神攻撃兵器が呼び水となったか……!」
 近海に瘴気の海があることは知っていた。
 しかしこのような事態が引き起こったことは想定外である。
「各機に通達、海面から離れろ!」
 パトリックの指示が飛ぶ。
 段々と瘴気を含んだ霧に包まれ、淡い青だった海面は黒く染まっていく。
 その内、海中から何が飛び出した。
「ちぃ! 幻聴の次は魚蟲かよ!」
 鬱陶しそうにウィルが漏らした。

 バグフィッシュ。

 邪霊機バグの一種で、環境維持用マイクロマシンが海上や海中で変態したものである。
 虫のような形態のバグと異なり、こちらは魚のような姿をし、
肉食性の魚のように鋭く尖った歯で噛みついてくる。
 今も、距離をとって飛んでいたケンプファー各機に
届きそうなほどの勢いで飛びかかってきていた。
「雑魚がたかるなァッ!」
 ウィル機は清浄鎖を振るう。
 その鎖に触れたバクフィッシュは一瞬にして塵と化す。
 聖水で清められ、地の塩の成分を含む清浄鎖。
 魔に染まった邪霊機など敵ではない。文字通り清浄なる鎖なのである。
「隊長もやるなぁ。ま、本来は捕縛用の武器なんだけど」
 感心しながら、マイクが呟いた。
 マイクが乗るケンプファーは、バズーカを構える。
 ジャスティス・バズーカ。大型の振動発射器である。
「バグフィッシュの密集地点……確認。発射っと!」
 海に向けてジャスティス・バズーカが放たれる。
 大きな波が立ち、次々と海中で爆発が起こった。
「これで少しは……」
 知るより先の安堵。
 だが、その安堵はすぐに崩れ去った。
 バグフィッシュの数は尋常ではなく、
マイク機の一撃によって滅された数など微々たるものであった。
 邪霊機に遭遇し、その蠢く蟲達に圧倒されるというのはよく聞く話だ。
 しかしそれがこれ程とはと、マイクの額から冷や汗が流れる。
 マイクだけではない。ウィルもアヴァントも、ヴィクターの者達も。
「司令、邪霊機の増殖を防ぐために、局所結界膜の使用を提案します!」
 アレックスが提案を口頭する。
「このままでは、GUNDAM級の指一本触れられんか。よし、使用を許可する」
 パトリックのその一言を合図に、乗員達は一斉に作業を開始した。
 局所結界膜。名称をエンジェル・ハイロウ。
 天使の後輪の如しその円状の結界は、あらゆるものを遮断する。
 本来の用途としては、GUNDAM級などの強大な攻撃による二次的被害を防ぐために
使用される。
 今回はそれとは別に、これ以上バグフィッシュの数が増えぬようにとられた策だった。
 準備が完了し、パトリックに報告が行く。
「エンジェル・ハイロウ、照射!!」
 ヴィクターから光の輪が放出された。
 バグフィッシュをこれ以上近付けまいと、結界も最低限の範囲しか展開しない。
 しかしこれでもまだ、バグフィッシュの数は脅威だった。
 落とされはしないが、飛びつき群がってくるバグフィッシュがMSの進攻を妨げる。

「やらなくちゃだぁめかなぁ〜……」
 半ば諦めたように、マイクが呟いた。
 自分には幻聴は聞こえていない。
 吐き気と短い間隔でズキズキと頭が痛むだけで、
ジェダイのように狂って自らの機体を破壊しようとは思わない。
「隊長、アヴァント、俺にこの魚共を減らす考えがある」
 普段のへらへらとした口調とは打って変わって、真剣で重い。
「やれんのか、おめぇに」
 察して、ウィルが訊く。
「えぇ。大部分は消えてなくなりますよ」
 ジャスティス・バズーカの一撃でも、かなりの数が誘爆している。
 それよりも威力の高いものなら、その規模も相当だろう。
 どうやってその威力を出すか。ウィルは薄々感づいていた。
「マイク、死なないでくれよ」
 アヴァントが言う。
 それに対して、マイクは苦笑いを浮かべた。
「それは出来ない相談だなぁ……」
 それだけ言って、会話を終わらせる。
 先程と同じようにバクフィッシュが密集している地点を探す。
 そしてそのまま、ケンプファーは海に突っ込んだ。
「ほら集まってこいよ! 爆弾抱えた餌が来てやったぜぇ!!」
 密集地点の中心部へ。
 その間にも、群がるバクフィッシュによって、機体は引き千切られていく。
 もう戻れない。戻ったところで、問題は解決しない。
 中心部に到達する。
 マイクは自爆装置のカバーを開いた。
 ADAMのMSの中でも希少な機体故、何かあった時のために搭載されているものだ。
「さぁて、これで……幕引きだッ!!」
 自爆装置を作動させる。
 瞬く閃光。
 海中から、爆発によって巨大な水柱が吹き上がる。
 それに続き、次々と巻き起こる水中爆発。
 バクフィッシュの勢いが、収まった。


「これなら行けるか。やりやがったな、マイク……!!」
「馬鹿な奴ですよ、あいつは……」
 それぞれに、割り切れない感情を抱えながら。
 ウィルとアヴァントは、リヴェレーションを睨んだ。
 ケンプファー2機と対峙するリヴェレーション。
『エンジェル・ハイロウを展開したか……この子を逃がさないつもりネェ』
 ヴィクターに向けて舌なめずりと笑みを向ける。
 そして、ケンプファーと向き合う。
『来なさい……母なる無へと還してあげる』
 静かに、冷たく、ダイアナは言った。
 それに応じるように、マキナが何かの操作を始める。
 ウィルとアヴァントは、まだそれに気付かない。
「隊長、俺に行かせてください」
「それは……どういうつもりで言ってる?」
 特攻する気か。その意味を含むウィルの言葉。
「操縦も戦闘も、その技量は隊長の方が格段に上です。
自分は、相手の動きを封じる程度しかできません……!!」
 冷静に話してはいるが、最後には自分にやらせてほしいと、
言葉に強く力を込めていた。
 制止はきかないだろう。半ば諦めて、ウィルは溜息をつく。
「俺が生き残ったら、毎日祈りに行ってやる……」
「………………ありがとう、ございます」
 今にも泣きそうになるのを抑えて、アヴァントは礼を返す。
 そして、リヴェレーションと向き合った。
「アヴァント・ゲール、突貫する!!」
 一気に加速して、リヴェレーションに迫った。
『お前、騎士になれなかったんだってな!』
『EDENを諦めてADAMで我慢しようってか?』
『負け犬!!』
『負け犬!!』
『負け犬!!』
 かつての同輩達の声。
 自分より優秀で、それを自慢にして、自分を馬鹿にした。
 耳のそばで、罵られれる。
 それが幻聴だということもわかっている。
 わかっているが、アヴァントは強く唇を噛んだ。
「うおぉぉぉぉっ!!」
 フォースバルカンで牽制しながら、機体を拘束しようと清浄鎖を放つ。
 この時まだ、アヴァントは気付かなかった。
 アヴァント機の一連の動作の間、
リヴェレーションは身動き一つしなかったことを。
『ナッシングネス・スフィア……母の胎内に還りなさいッッッ!!』
 ダイアナが叫び上げた。
 同時にリヴェレーションを包むように謎の球体が展開される。
 形容できないほどサイケデリックな色合いの、球。
「なっ……!?」
 思わずアヴァントが驚きの声を上げた。
 球体の中に清浄鎖が飲み込まれていく。
 球体の中身は見えない。内部がどうなったのかも、確認できない。
「!?」
 呆気にとられて油断した。
 ケンプファーの腕も、球体に飲み込まれた。
「くぅっ!!」
 フォースバルカンを放つが、弾の粒は虚しく球体の中に消えていくだけ。
 球体の大きさからすれば、ケンプファーの腕はリヴェレーションに届いているはずである。
 なのに、腕が何かを捕らえることはありはしなかった。
 腕を引こうとしても、機体が言うこときかない。
 いや、絶対的な力をもって、引き寄せられているといった方が正しい。
「すみません、隊長……しくじりました」
 悔しそうに漏らす。
「後を……後を頼みますッ!!」
 そう言い残し、アヴァントのケンプファーは全て、球に飲み込まれた。
 余りにも呆気ない終わり。
 悲しみよりも、猛烈な空しさが、ウィルを襲った。


「司令、計器類より目標の反応が完全に消失しました!」
「何!? だがモニターには映っている。何かの間違いや故障ではないのか?」
「いえ……確認しましたがそのようなことはありませんでした。
霊障値を計るものがかろうじて反応しているだけで、それ以外は……」
 オペレーターとパトリックのやりとりに、辺りは不穏な空気が流れる。
 おかしな球体に包まれて、アヴァントのケンプファーを飲み込んだリヴェレーション。
 そして、計器の上では、存在が消えてなくなった。
「司令、よろしいでしょうか……」
 そんな中、口を開いたのはアレックスだった。
「なんだね」
「これはあくまで、想像と現時点での状況をあわせただけの推論なのですが……」
「構わん。言ってくれ」
「発振機関というものは、この世界に偏在する仮象領域に働きかけて、
物理領域、つまりこちら側にエネルギーを生み出す機関といわれています。
ではその逆のことをしてみたら、その結果はどうなると思われますか」
 推論だが、それが答えなのではないか。
「エネルギーが生み出されれば、計器なども反応を示します。
ですがその逆なら、生み出すどころか、あのように……」
「言いたいことは理解した。しかし知りたいのはそれの対処法だ」
 パトリックがアレックスに目をやる。
 アレックスはまた言いづらそうに、 視線を泳がせていた。
「これもまた想像でしかありませんが、あれに限界があるとすれば……
一度に許容量を越えたエネルギーをぶつければ、相殺されて無効化されると」
 伏し目がちなアレックスは、濁すようにそう言った。
「他に方法がないなら、試すしかないか」
「で、ですが……」
「試す価値はある。君は、優秀だ」
 パトリックにそう言われ、アレックスの顔は一気に紅潮する。
 先程まで、アレックスの気持ちは沈んでいた。
 リヴェレーションからの精神攻撃の効果もあっただろう。
 副司令の立場にある自分に、自信が持てなかった。
 パトリックは司令として腕の立つ人間だ。
 自分はただの腰巾着。後ろにいるだけの置き人形でしかない。
 そう思っていたのに、パトリックの一言が吹き飛ばす。
「ヴィクターキャノンの使用を提案します!」
「それしかないな。ヴィクターキャノンを使用する!」
 大質量聖霊収束掃討砲。ヴィクターが特装艦と呼ばれる所以である。
 堕天兵器には及ばないが、圧倒的な威力をもった兵器。
「第一射にて敵球体を消滅。再充填後、第二射にて機体もろとも滅却する」
「了解! 敵機に動きなし。ウィル機を射線軸より下がらせます」
「ヴィクターキャノン、封印解除。充填開始」
「ヴィクターキャノン充填開始! 充填率、23パーセント!」
 騒がしくなる艦。
 艦橋も、機関部も、慌ただしく作業を進める。
「充填率90パーセント! 臨界まであと十秒……5、4、3、2、1。
臨界点突破。発射口、開きます。照準、敵目標へ固定。発射準備完了!!」
「各員、対衝撃、対閃光防御! ヴィクターキャノン、発射ッ!!」
 パトリックの一声が、艦橋に響きわたる。
 ヴィクターから放たれる神々しいほどの光。
 それがリヴェレーションへと、一直線に向かう。
 球体を、光が包み込む。
 ただの機体なら、ここで跡形もなく消滅しているところだ。
 光は薄れていく。
 皆が息を飲む中、そこには球体がなくなりリヴェレーションが姿を現していた。
「や、やりました!!」
「よし、再充填急げ!」
 歓声が上がるヴィクター。
 第二射の準備が始まる。


『システムが一時的にダウンした……?』
 唖然として、そう言うダイアナ。
『グゥゥゥゥゥゥゥ……』
 悔しさに唸り声を上げる。
『やはり、未完成では限界がある……』
 ヴィクターキャノンの一撃により、
機体のほとんどのシステムが一時的に操作不能になっている。
 なんとか制御系が働いてバランスをとっているだけで、ただの的と化してしまっていた。
 そしてこのことで、リヴェレーションにある異変が生じた。
「……ぅぁ……」
 小さく声を発するマキナ。
 何が起こったのかと、窺っている。
「なんで、ここにいる?」
 我に返ったように、自分を取り戻すかのように、呟いた言葉。
『私の可愛い子、何をしているの? 早くシステムを回復させなさい』
「子……? マキナ、お前の子、違う!!」
 敵意を剥き出しにして、マキナは声を荒げた。
 拒絶。
 呪縛から解かれ、人に戻った少女の、本心。
「マキナ、帰る! 家族の所、ハーヴェイの所、帰る!!」
 ガタガタとコックピットの中で暴れる。
 もはや彼女には、先程までの冷酷な雰囲気は存在しない。
 まるで幼子。ハーヴェイと一緒にいた時に、純粋無垢な。
 マキナが暴れたはずみで、何かが作動した。
 それはコックピットハッチの開閉操作。
「マキナ、帰る! 帰るぅ!!」
『ヤメロォォ! 親を、お前を作った創造主を否定するのかァッ!!』
 完全に開いたそこから、マキナは身を乗り出す。
 ダイアナの声など聞こえていない。
「ハーヴェイ、今から、帰る」
 笑顔でそう言うと、そのまま海に、飛び込んだ。

「ヴィクターキャノン、発射!!」
 第二射が放たれる。
 リヴェレーションを貫く、聖霊の光。
『私は神都を……私を否定した奴等を……』
 自身の提案した機体。それこそが神都や民達を護れると思っていた。
 だがそれは、ただの自惚れだったのかもしれない。
 そんな機体を産み出してはいけない。それこそが、神からの天啓だったのかもしれない。 EDENの者に否定され、そして自分が作り出したホムンクルスに否定され、
そんな自分が、愚かで仕方ない。
『フフッ、せめてあなただけでも、一緒に逝ってちょうだい』
 神の子などではなかったのだと、彼女は理解する。
 紛れもなく、この機体は自分の子だ。
 機械に組み込まれた魂だけの女は、そんなことを思いながら、
リヴェレーションと共に、跡形もなく消え去った。
 静まり返る艦橋。
「目標……消滅を確認」
 オペレーターの一人が、ゆっくりと報告する。
「精神攻撃もやんだ……司令、やりました。やりましたよ!!」
 嬉々として声を上げるパトリック。
「うむ、作戦終了だ。ケンプファーを帰艦させてくれ」
 長く息を吐き、この戦いの勝利を噛みしめる。
「なお、本作戦は極秘事項である。記録は抹消、他言は一切無用だ」
「はっ!!」
 パトリックの言葉に、艦橋のオペレーター達が全員、敬礼する。
「やったな、司令殿よ」
 着艦したケンプファーからの通信。
「まぁ、今回は助けになれなかったがな」
「部下達の奮闘空しく……すまない」
「気にすんな。奴等だって……この結果に満足してるだろうさ」
 パイロットを失い、精神攻撃による多数の被害者を出した。
 決して生易しい戦いではなかった。
 GUNDAM級MS破壊作戦。世に出ることはない、この辺境の地で暮らす彼等しか
知らない戦い。
 これにて、終幕する。




 海に飛び込んだ少女の行方は、誰も知らない。
 ヴィクターでは掃討砲の第二射準備の混乱の中、
少女が海に落ちたことすら気付いていなかった。
 あの瘴気に飲まれ、邪霊機がまだ残っているであろう海に落ちた少女は無事なのだろうか。
 それは誰も知らない。










「ただいま」

「おかえり」




THE END






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